Re:Innovate Japan 滞りのない未来を創造するため

「DXできない理由」を壊し、中小企業にお手本を見せる。支援機関に今、求められるアクションとは?

コロナ禍において急速に加速したデジタル化の下、生活や働き方は大きく変容を遂げた。

このような中で地域企業が持続可能な発展を続けるためには、ビジネス環境の変化に合わせた変革を実行していくことが必要不可欠だ。

そのような中で、地域企業のパートナーとして活動している支援機関は、どのように変革していくべきなのだろうか?

2022年2月22日にオンラインイベント「変革のブレーキにならないために 支援機関のDXについて考える」が開催され、独立行政法人中小企業基盤整備機構 伊原 誠 氏、佐賀県産業スマート化センター 石橋 俊介氏、一般社団法人日本デジタルトランスフォーメーション推進協会 森戸 裕一氏が登壇、支援機関のDX推進のポイントについてディスカッションを展開した。

主催:一般社団法人日本デジタルトランスフォーメーション推進協会

共催:Re-Innovate Japan

登壇者

独立行政法人中小企業基盤整備機構 伊原 誠 氏

佐賀県産業スマート化センター 石橋 俊介氏

一般社団法人日本デジタルトランスフォーメーション推進協会 森戸 裕一


<MC>

石倉美佳



森戸氏:いま、国・自治体・支援機関いずれも、中小企業に対してDXを促しています。変わらなければならないのは中小企業だけではなく、それを取り巻く全てです。本日は、専門家を束ねる支援機関はどのように変革すべきか、ディスカッションを展開していきたいと思います。まずは、自己紹介からお願いします。


伊原氏:経済産業省の独立行政法人である中小機構の伊原です。全国の中小・ベンチャー企業に対する創業、事業承継、人材育成などの支援や、小規模企業共済の運営を行っている組織です。

機構内でDX推進部署が2021年4月に立ち上がり、その部署の責任者を務めています。


石橋氏:佐賀県産業スマート化センターの石橋です。佐賀県から委託を受け、民間企業のジョイントベンチャー3社で運営を行っています。産業のDX推進、啓蒙・啓発、相談、マッチングなどの役割を担っており、県内の産業DX実現を目指して運営しています。

「DXできない」理由を壊し、中小企業にお手本を見せていくべき

森戸氏:コロナ禍において「支援機関に求められる役割が変わった」と感じた側面はありますか?


伊原氏:中小企業に対して「DXを推進しましょう」と促す役割ではあるものの、ふと我が身を振り返ると「我々、中小機構の組織内はDXできているだろうか?」「先ず隗より始めよ」「率先垂範しなければ!」という考えに至りました。そこで遅まきながら、2021年4月より組織内のDX推進を開始しました。


まず、顧客である中小企業に対しては、各種申込みを原則すべてオンライン化し、利便性を高めていきます。職員向けには、例えば、FAXで届いた申込内容をシステムに転記…といった従来のフローを見直し、オンライン申込みによるデジタルデータを活用することで日々の作業効率化を図っていきます。業務効率化により、顧客に提供するサービスの質、付加価値向上を目指しています。


石橋氏:我々、支援機関自身がDXを推進しなければ、中小企業に対して説得力がありません。そこで思い切ってオペレーションを簡素化し、今年度からセンター内のワンオペにトライしています。以前はセンター内に5〜6名のスタッフが常駐していましたが、昨年度は2名常駐、今年度からは1日1名体制にしました。

ただし、ジョイントベンチャー3社(銀行、ベンダー、Web関連企業)体制ということで、互いに組織風土・文化が大きく違うため、コミュニケーションを深めることが重要です。そのため、コミュニケーションツール、グループウェアなどを活用し、情報管理の一元化から組織内DXを始めました。ワンオペで施設を回していると、入力漏れ、受付忘れのようなヒューマンエラーも起きやすい。


そこをいかに軽減するかを課題と捉え、自動化を取り入れました。センターへの相談受付は基本的にWeb経由とし、もちろんオフィスに電話はあるのですが、あえて電話受付はしないことにしました。問い合わせをしてくる地域内の中小企業に対しても、「Web経由で申し込みしてください」と理解を求めることで、啓蒙の意味合いもあります。Web経由で受信した申込みは、グループウェアに自動入力される仕組みを構築したことで、ヒューマンエラーを大幅に軽減できました。

運用していく中で課題となっているポイントをデジタル化して効率化を進めていく、という視点の下でDX推進に取り組んでいます。

森戸氏:コロナ禍で中小企業から何を求められているかと言うと、「迅速化」「オンライン化」ですよね。


中小機構は、組織規模が大きく、内部変革にはかなり体力が必要ですよね。しかし中小企業が変わるためには「隗より始めよ」と考え、支援機関自らが変革しようとしている。その姿は、中小企業にとって勇気になると思います。


佐賀県産業スマート化センターでは、企業DNAが全く違う3社が横連携してDX推進に取り組んでいます。「地域内で、競合他社同士も連帯を」「異業種も連携を」といったDX時代に求められるあり方を、まさに実践していますよね。


今、中小企業の中で「コロナ共生」「デジタル共生」と捉えて変革にチャレンジしようとする組織が2〜3割、変わらない組織が7〜8割ほどあります。


支援機関は、変革しようとする組織に対しては背中を押して伴走する、なかなか変われない組織に対しては、手厚くケアする、その両輪の役割が求められていると言えます。


その両輪に加えて、DX時代にふさわしいお手本を見せていく、「できない」理由を壊すことが、これから支援機関に求められる役割ではないでしょうか。


伊原氏:中小機構には、約800名の職員がいます。それに加え、士業などの専門家は全国に3000名ほど、海外在住の方もいて、さまざまな分野の方々との連携で中小企業に対してサポートを提供できることが大きな強みです。昨今、仕事も生活もオンライン化が進んだことで、国内・海外を問わず距離を超えて情報交換しやすくなり、我々の強みをより一層、全国に向けて発揮できるのではないかと考えています。


森戸氏:さまざまな属性の人を繋いでいく役割が重要ですね。商工会議所とは、地域ごとに分立していますが、これはインターネットが無かった時代に、地域内・業界など同じ属性の人で集めたほうが効率が良かったため、そのような体制になっています。


しかし今はネット、スマホ、Zoomを介し、異業種連携、地域間連携、異世代間連携も容易になりました。支援機関の役割も、「縦割り」から「横連携」に変化していくと言えます。


石橋氏:我々、スマート化センターも、企業と企業をつなぐ「ハブ」の位置づけです。ハブ組織が自ら変革にチャレンジをしていこう、という姿勢こそが重要で、「デジタルといえば、スマート化センターだよね」という雰囲気も、少しずつ地域内で醸成されてきたように感じています。

DXとは、人間臭いもの

森戸氏:北海道から沖縄まで、全国を見渡すとDX推進に関して地域差もあるように感じています。

その点佐賀県は、県庁が強力に推進しているので非常にスピーディーですよね。一方、地域内でDXに踏み切ろうにも、既存産業が大きいと、それを壊してしまうのではないか?などと、なかなかスピーディーに動けない地域もあるのではないでしょうか。


伊原氏:地域差というよりは、リーダーの性質に左右されると感じています。地域内に牽引者がいて、「失敗を恐れずにチャレンジしよう」という姿勢があるかどうかですね。


森戸氏:「DXって人間」というのが私の持論です。


「IT化」は、テクノロジーを理解してる人がどれだけ居るか、にかかっています。一方、「DX」は、自分たちの意識の変化や、その後のアクションが重要です。周りの人を巻き込んでグイグイ進んでいく人がいる地域や組織は、スピーディーに変化を遂げます。DXは、意外と人間臭いものだと捉えているんです。


石橋氏:テクノロジーの進歩は速いので、来年にはもっと良いツールが出現する可能性が高いですよね。人間も変化し続けなければ、テクノロジーやツールの進化についていけません。だから「人」という部分は大きなポイントだと思います。


森戸氏:地域内の人々をどんどん巻き込むことが、DXがうまくいく秘訣かもしれませんね。そして、「面白がる」「楽しむ」ことも重要です。


以前、Apple日本法人代表を務められていた前刀さんとセミナー登壇でご一緒したことがありますが、その際に「OX=おじさんのトランスフォーメーション」も必要だ、という話をされていて、非常に印象的でした。おじさん世代が意思決定者としてリーダーシップを発揮できるかどうかが大事だ、という話です。DXって意外と泥臭いし、人間臭い。皆が連携して取り組んでいかなければならないと思います。

石橋氏:「ライバル社」「競合他社」といった考え方も変えていく必要がありますね。例えば今は、Slackやメッセンジャーといったツールを介して社外と簡単に繋がって、情報共有やコミュニケーションできることが当たり前になりました。だから今までは「ライバル」「競合」だと思っていた人たちとも、手を組んで何か一緒に取り組む発想も出てくるでしょう。


スマート化センターの相談事例でも、「競合が、協業相手になる」というのは結構多くて、IT界隈では既に数多く見られるようになってきています。


支援機関としていかにDXに取り組むか

森戸氏:組織内でDXを推進するうえでの課題に関しては、いかがですか?


石橋氏:いま1番の課題は、DXに対する考え方をいかにメンバー内で一律化するか、です。DXというのは幅広い概念なので、支援先に対する相談の中で、メンバーによって考え方にばらつきが出てしまうんです。それぞれが考えるDXが違うとなると、支援機関としてブレたり、相談者さんから見ると「誰の話が一番ホントなのか」と疑問を持たれかねません。


だから、「相談者さんが今どんな状態か?」という課題の設定にフォーカスするようにしています。我々はジョイントベンチャー3社それぞれで、ベースにある視点が異なるため、組織内の意識の統一、コンセンサスを取ることを優先課題として取り組んでいます。


伊原氏:「DX」と言っても、皆、捉え方はさまざまですよね。ITが苦手な人には、小難しい話に感じられるかも知れません。実は我々中小機構自身も、「DX推進とは、何から取り組めばいいの?」というところからスタートしました。


よって、目指すものを決めて、皆に理解・納得してもらい、そこに向かって進もうということで、組織内で「日本一、効果的で効率的な支援を。日本一の支援機関を目指す」という旗印を掲げました。


「DXを推進していくと、無駄なことが楽になって、便利になる。できなかったことができるようになる、夢のような話。でもそれは夢ではなく、ちゃんと実行すればすぐ近くに未来がある」と職員・支援先も含めて土台となる意識づくり、啓蒙を重視しています。


また、もう一つ重要なポイントがあり、SDGsの考え方にも繋がりますが「誰ひとり取り残さない」という視点です。小さなチャレンジから始め、成功体験を積み重ねて、「隣の人がうまくいけば、自分もできるかも」と感じられる状況を作るようにしています。地道な活動を積み重ねることで、ある時、大きく飛躍できるのではないかと思います。


楽しく職員の意識改革をするために、「ドラえもん」で喩えるワークショップも実施しました。ドラえもんが道具で叶えてくれる願いって、実は今、デジタルを使うと結構解決できます。例えば、タケコプターはドローンとか。「夢」「現実にはできない」と思っていることも、実は技術がすごく進化しているので「できない」と決めつけず、前向きに考えてできることから実行していくことが大事です。


石橋氏:スマート化センターも、まさにドラえもんのような存在の場所だと言えます。

IT関連企業が220社も登録していますので、夢を語っていただけたら、多くのIT企業の力を借りて夢が実現する明るい未来像を提示できると思います。


森戸氏:共通言語を持つ…と言えば、最近、「パーパス」という言葉をよく聞きますね。「私達の存在意義って何だろう」「何で私はこの会社で働いてるんだろう」などを明確に言語化することです。


DXをすすめる中で「パーパス」は非常に重要です。


今までは働く理由について、「生活のため」とか「たまたまそこに就職したから」などもあったかもしれませんが、これからの時代は、そうではありません。


「あなたは何で、現在の取り組みに時間を割いているの?」「何でこの会社は社会に存在しているの?」など根本を認識し、共通言語として持っておかなければ、DX推進は困難です。


台湾のデジタル担当大臣 オードリー・タンさんが言うには、「IT」とはコンピューターやモノ同士をネットワークで繋いで効率化し、コストを最低限にして企業の利益を最大化するための道具であると。一方、「DX」とは、人と人が繋がって会話の楽しさが広がる、新しい出会いから付加価値を想像して、平和な社会を創り、人間の幸福度を上げることだと。


支援相手となる中小企業さんにも、「夢」を先に語ってもらうことが大事ですよね。「こんな未来を実現したい」などと、のび太くんみたいにまずは自由に語ってもらうことで、「それ、実は出来るんだよ」など答えを示せるかもしれません。それを「業務効率化」などという切り口で語っていると、「夢を描く」「未来を描く」からズレてきてしまう。相談を受ける場面で「どんな夢を実現したいんですか?」とヒアリングするようにしなければなりませんね。


多拠点生活、多様性の時代…域内だけで議論する時代ではなくなった

森戸氏:それでは、本セッションの締めくくりとして今後、支援機関として取り組んでいきたいことをお願いします。


石橋氏:我々、スマート化センターそのものの知名度をいかに上げるか、が課題です。さまざまな先進的な取り組みや、新たなチャレンジをしているので、我々の存在を幅広く知っていただけるよう、デジタル活用した情報発信をもっと強化していきたいです。「ここに相談すればいいんだ!」と認知してもらい、県内で推進事例をたくさん作っていきたいです。

伊原氏:中小機構は全国組織なので、支援先企業のデータや、ヒアリングを経て収集した経営課題のデータなどが現状、バラバラに存在しています。それらを蓄積・活用することで「こんな課題に対しては、この専門家の知見が有用だ」など、従来のような「待ちの姿勢」での支援受付ではなく、こちらから積極的に支援提案が可能になります。


また、全国に約3,000名いる専門家たちも、バラバラに情報を持っています。その一方で「A地域にはITの専門家がいるが、B地域にはいない」という状況もあります。専門家不在の地域に対しても、デジタルの力を借りればオンラインで情報提供出来る時代となりました。よって全国の専門家に連携していただき、全国ベースで中小企業支援を展開できるようにしていきたいです。


森戸氏:現在、岸田政権が掲げている「デジタル田園都市国家構想」の中には、地方での好事例を積極的に発信していき、全国で横展開していく構想が含まれています。「インクルーシブスクエア」も出てきます。多様な人が集まって互いに交流を深めることで、地域課題やそれに対するビジョンを議論していく…そんな場を作れば、地方都市それぞれにおいて、自発的な取り組みが広がっていくのではないかという構想です。


つまり「仕事」「学び、リカレント」の場をいかに再設計していくかが重要です。


今や多拠点生活、多様性の時代であり、地域内の定住者だけで地域課題を議論する必要はなくなっています。オンライン、バーチャル空間など、距離を超えて新たな人材も地域社会に参画してきます。


地方創生とは、よそ者や、価値観が違う人、世代が違う人が入って初めて活性化するなどとも言われます。


つまり、多様性、多拠点生活の時代には、変革のヒントを容易に得ることができます。「遠方の人だけど、面白いアイデアや知見を持っている人だからオンラインで繋がって、巻き込んで話聞こうよ」といった、気軽な取り組みから、面白い変革がもたらされる可能性があるでしょう。

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