コロナ禍で一気に浸透したリモートワーク。コミュニケーションの在り方も変わり、オンラインで仕事をすることも当たり前になった。しかしその一方で、人と組織の能力を高めていくことに課題を抱えている企業も多いのではないだろうか。
2022年3月22日にオンラインイベント「日本マイクロソフトに聞く! 人と組織の可能性を引き出すワークスタイルとは?」が開催され、日本マイクロソフト株式会社・岡 寛美 氏を迎え、アフターコロナに求められるワークスタイルについてディスカッションを展開した。
主催:一般社団法人日本デジタルトランスフォーメーション推進協会
共催:Re:Innovate Japan
<登壇者>
岡 寛美 氏
日本マイクロソフト株式会社
モダンワーク&セキュリティ ビジネス本部
モダンワーク ビジネス部 部長
森戸裕一
日本デジタルトランスフォーメーション推進協会
<司会>
井殿 寿代 氏
LinkedInラーニング講師
森戸氏:
本日は、日本マイクロソフトが取り組むワークスタイル変革の取組事例を通して、今後の働き方をいかにアップデートすべきか探っていきます。
岡氏:
コロナ禍でリモートワークが一気に定着しました。さらに先には「ハイブリッドワーク」という働き方もあります。そのような働き方をいかに活用し、人と組織の可能性を引き出すかについて紐解いていきます。
私は、2007年に日本マイクロソフトへ入社しました。振り返ると当社は働き方改革・コラボレーションワークを取り入れることで大きく変わってきました。この働き方があったからこそ、私自身も3人の出産・子育て・プライベートとの両立が可能になりました。日本の企業、そして、より輝く将来の日本の参考になればと思います。
岡氏:
日本マイクロソフトではコロナ禍以前より、3つの軸に沿って働き方改革を推進してきました。
①ビジョン・企業文化「いつでもどこでも誰とでも」
…ビジョンに見合う仕事をしよう
②制度・ポリシー「リモートワークの場所、頻度、申請などの制約を撤廃」
…「いつでもどこでも誰とでも」というビジョンを実現させるためのポリシー
③ICT活用「デジタルトランスフォーメーション」
…ビジョン・ポリシーが実現するための手段
2011年に新宿から品川へオフィス移転をしました。新宿オフィス時代はさまざまなものに因われた働き方をしていました。夜の12時までオフィスで仕事をしたり…自分の席、電話回線、島のメンバーがいて、オフィスに行けば誰かがいて、仕事がある。そこにかなり囚われていたんです。そこで品川移転時に、各自の持ち物はみかん箱程度のダンボール2つ分に集約し、ロッカー貸与も1つだけとしました。それ以外は、電話もゴミ箱もなく、デスクもフレックスシーティングとしました。
このようにしたかった理由は、2011年当時、さまざまな課題に直面していたからです。変化の速いIT業界で生き残るために、働き方改革が急務でした。
①労働生産性に関する課題
②コスト効率に関する課題
③従業員意識・文化面に関する課題
この3つを解決すべく、日本マイクロソフトの働き方改革がスタートしたのです。
岡氏:
ここからは、パンデミックに直面し働き方にどんな変化があったのか、アフターコロナはどうなるかを、データを基に話します。
2022年3月、Microsoftが発表した「Work Trend Index Report」の結果です。世界31カ国の3万人を対象にしたデータで、新しい時代に従業員と組織を構築していくために、リーダーが注意すべき5つのポイントが明らかになりました。
①従業員は新しい「価値の方程式」を持つ
パンデミック前と比較して、従業員の53%(※世界)が、仕事よりも健康やウェルビーイングを優先する傾向が強まったと回答しました。日本では4割です。仕事の対価が業務内容に見合ってやりがいを感じていても、それにより自分の健康やウェルビーイングが損なわれるなら、去ってしまうことが分かりました。従業員の18%(※世界)が、過去1年間に仕事を辞めたと回答しています。日本では12%でした。
②マネージャーは、経営幹部と従業員の期待の間で板挟みになっていると感じている
部下を持つマネージャーの54%(※世界)が、自社の経営幹部の行動が、従業員の期待とズレていると回答しました。日本では61%で、経営者と従業員の間でギャップが大きいと言えます。
③リーダーは、オフィスを通勤に見合う価値のある場所にしなければならない
「オフィスに行く価値とは?」について、従業員の意識が変わってきています。日本では24%が、オフィスに行く価値・理由をリーダーに明確にしてほしいと思っています。
④柔軟な働き方は「常時オン」を意味しない
日本の会社でもリモートワーク導入時に、「ちゃんと働いてるかどうか、カメラをオンにして見せてください」といった上司からのリクエストもあったのではないでしょうか?
ところが実際に調査してみると、この2年間で250%以上、会議参加の時間は増えています。つまり、モニタリングなどしなくても、仕事は進んでいるのです。会議も、チャットも多く、週末や平日夜の残業時間も増えています。そのような状況を理解しながら「常にオンでなくても、自分に適した時間に働く」というのが今後のハイブリッドワークで重要な考え方になります。
⑤ハイブリッドな世界では、社会関係資本の再構築は異なる様相になる
社会の効率性を高めていく中で、ビジネスリーダーの62%(※世界)は、新入社員がリモートワークやハイブリッドワークで成功するために十分なサポートを得られていないことを懸念しています。日本では47%と、約半数です。
岡氏:
「ハイブリッドワーク」とは、リモートワークとオフィスワーク双方の良さを掛け合わせたもの、とマイクロソフトでは捉えています。働く場所が「オフィスなのか、自宅なのか」という点だけではなく、「働き方について多様な選択肢を提供できる」ことがポイントです。
つまり、時間と空間を超えた、あらゆるコラボレーションに対応する働き方です。
現在、日本マイクロソフトでは、上図で示す4タイプすべての働き方に対応しなければならないニーズがあります。
ハイブリッドワークにより、時間にも場所にも因らわれない多様な働き方が実現し、自律型の人材育成につながります。
ハイブリッドワーク実現のために我々は、安全なコミュニケーションツールを介して組織を結びつける「デジタルファブリック」が重要だと考えています。具体的に我々の場合はMicrosoft Teamsをコアとし、チームメンバー、顧客、外部パートナーらと柔軟にコラボレーションしていくことを目指しています。
岡氏:
ここまで、日本マイクロソフトの話に寄ってしまいましたが「働き手のニーズに対応する」ことは、IT業界に限らず、全業界にとって重要な課題です。
・インフォメーションワーカー(ITなど)
ガートナー社の予測によると、2023年までに10億人以上が在宅勤務になると言われています。
・フロントラインワーカー(建設現場など)
日本では、全就業者の47%がフロントラインワーカーだと言われています。
現場の最前線では、テクノロジーの加速が全世界的に起きています。
デジタル化で、もっと仕事のスピードとイノベーションが加速していくと考えられます。
・フレックスタイムワーカー
フルタイムではなく、各自が働きたい時間、働きたいノード(交点、集合点)で働くワークスタイルです。日本ではまだ少ないですが、今後はこのタイプがどんどん増えていくと考えられます。
つまり、雇用主・経営者・マネジメントの立場にある人々は、上記3タイプの働き手すべてをいかにエンパワーメントするか、を考えなくてはなりません。
ハイブリッドワークでは、「時間」「場所」について、どこから・どんな時間帯に参加するか分からないものの、コラボレーションワークを実現させる必要があります。マイクロソフトでは、それに対応できるテクノロジーの開発を進めています。
例えば、オフィスにいる人、リモートの人、すべての人が一つの会議に同じように参加してる体験を提供するテクノロジーなどです。(下図)
また、Microsoft Teams内で、「Microsoft Loop」という新機能を既に提供開始しています。複数アプリケーションから、同じデータにいつでもアクセスできる機能です。
このようにMicrosoftにはデジタルツールによって従業員をエンパワーする数多くの技術があります。大切なことは、働き方改革の中心にあるのは「人」だという点です。つまり、従業員の体験を良くしていくことが、企業の持続的成長には欠かせません。コロナ禍は、一世一代の変革のチャンスだと捉えています。
森戸氏:
「マネージメントの変革により、人間中心の経営・社会を作っていこう」というのは、日本の企業にとっても分かりやすいですね。
しかし、地方だと中小企業のフロントラインワーカーが多く、ギャップを感じる部分もあると思います。
一足飛びにデジタルで解決しようとしても、まだまだ課題も多いのではないでしょうか。
例えば、現場・工場で仕事していると、そもそも通信環境があまり良くないケースも多々あります。
日本の場合は、経営者の意識変革にまずハードルがあるのではないでしょうか。
岡氏:
当社の製品ご提供を通して経営者の方と課題について話し合う場面もありますが、経営者は「今ある人材を今後どう活用していくか」を命題だと感じています。
今、現場に足りていないのはテクノロジーです。
「テクノロジーの導入により、従業員の満足度がどう上がるか?」を、実体験・実績をもとに納得できていない経営者が多いと言えます。
その一方で、前述した当社リサーチ結果の通り、働き手の感じる課題と、経営者の感じる課題の間に、ギャップがあることも明らかです。
「もっとテクノロジーを使ったほうがいい」と発信していきたいです。
森戸氏:
コロナ禍で働き手の意識が「無理して出勤しなくても、リモートで対応可能なら、その方が良い」という風に変わってきましたよね。仕事を続けること自体に対してはポジティブなのですが「オフィスに行って密な状況を作るより、テクノロジーの活用で代替手段を会社が提供してくれたらいいのに」と考える人が増えている。
ところが、従業員側のそのような意識の変化を認識している経営者は少ない。それが現状の良くない点だと言えます。「うちは中小企業、地方企業だから、リモートワークなんて合わないよ」と捉えている経営者も多い。
だからこそ、従業員の意識調査をして、それに基づいた経営変革をしていくことが必要ですね。
岡氏:
当社リサーチには、日本の中小企業からの回答も含まれていて、ラーニングやスキルアップの機会を提供されている従業員は「やる気」「エンゲージメント」が高まることがデータから分かっています。大企業に限らず、中小企業でも、従業員のやる気を高めることで、効率よく成果を出していけるポテンシャルがあります。
森戸氏:
例えば50代以上のマネージャークラスの人々が、テクノロジー活用をためらっている側面もあると言えます。新しいテクノロジーに対する意識について、国によって違いなどあるのでしょうか?
岡氏:
マネージャーがテクノロジーの価値を認識できてないというのは、全世界で起きていることです。
森戸氏:
マネージャー、中間管理職は経営者と従業員の板挟みになっているというデータもありましたよね。
岡氏:
実は当社でも、課題として「マネージャーの板挟み状態」があります。
では、解決のためにどうしているか?というと、マネージャーに権限を与えるようにしています。
例えば「ハイブリッドワーク」つまり、時間・場所に因らわれない多様な働き方導入に関して、経営者が承認するのではなく、マネージャーが権限を持って承認します。
当社でも道半ばではありますが、少しずつ、板挟み状態を解消していくようトライしています。
森戸氏:
マイクロソフトでは、マネージャーが新しい働き方に慣れるためにどうしましたか?
岡氏:
リモートワーク、ハイブリッドワークは、異なる場所で一人ひとりがどういう働き方をしているかについて、把握が難しいと言えます。あるいは、個人個人で抱える課題・事情も異なります。
そのため、「同じ理解に立とう」と考えるのをやめたんです。その代わり、「情報提供はいつでもしよう」という考え方に切り替えました。
この2年間「Let’s overcommunicate」を合言葉に、情報の受け取り手が「私、それ知らない」という状況に陥らないよう意識して、コミュニケーションを工夫してきました。
情報発信者は、やや過剰気味にインフォメーションを出す。受け取り手は、自分の心地よい方法で会社からの情報を適宜、取捨選択するということです。
森戸氏:
それは目から鱗です!
以前に別の方との対談の場で、上司が定時以降にメールを送ったり、早朝からどんどん連絡をしてしまうと部下のプレッシャーになるという意見が出ました。だから、上司が「部下は今オンラインか?」と配慮して、受け手側の状況も見ながらコントロールする必要があると。でも、これって結構、上司自身もしんどい気がします。
岡さんの今の話では、受け手側が情報をどう受け取るかリテラシーを高めて、どんどん情報共有が進む状態を作っておく、ということですよね。
岡氏:
例えばMicrosoft Teamsでメッセージを送る際に「この時間が自分にとって適切な時間なので送っています」「自分のフレックスワークの時間に送っています」など一言添えて、相手にプレッシャーを与えないようにしています。
森戸氏:
若干オーバーコミュニケーションのほうが、受け手側が情報の取捨選択が可能になって好ましい、という文化ですね。
つまり、リモートワークのリテラシー、作法ですよね。
オフィスワークの作法は皆分かっているけれど、リモートワーク、オンラインのリテラシーを改めて確認してからデジタルツール導入、という流れも大切ですね。
岡氏:
当社内でも、何度もその話をしてきました。
新入社員はTeams経由だと、ちょっとした質問を聞きにくいんです。「もう皆知ってるだろうから、こんな情報共有しなくてもいいだろう」など、すごく戸惑いや投稿ハードルがある。だから、「情報の取捨選択は受け取り手がやるから。自分が日々どういう風に仕事して、どう考えているのか、みんな新入社員に興味があるから、オーバーコミュニケーション気味に!」と根付かせていきました。
「Let’s overcommunicate」で良かったのは、コラボレーションワークが加速したことです。例えば誰かから、今まで知らなかった情報をもらうこともあります。すると「もう少し詳しく教えて!」と情報の出元に相談が行くようになります。
これはオフィスでも行っていたことかもしれませんが、オンラインでのコミュニケーション作法さえ整っていれば、デジタルのほうが気軽に展開しやすいと言えます。
Teamsでは、このようなコラボレーションワークも実現できます。
森戸氏:
私自身、仕事を通して自治体に関わる中で「やっと最近メールが馴染んだ」と言われることもあります。今までは紙、電話、アナログで、コロナ禍でようやく電子メールを使うようになった自治体もあるんです。そこで私は「いま、コミュニケーションツールを電子メールにするよりも、一足飛びにチャットや情報共有ツールにしたらどうでしょう?」などとアドバイスすることもあります。
今は電子メール、チャットに限らず会議ツールとか、さまざまなツールを利用できますよね。それらをうまく取捨選択して組み合わせながら、マネジメントや新しい働き方を考えていくことが今後は重要ではないかと感じました。
岡氏:
自治体の事例で言えば、渋谷区にMicrosoft Teamsを提供しています。導入後、リテラシーを高めるためのトレーニングはほとんどしなかったのですが、自発的にに「面白い!」「使える!」という感じで活用が広まっていきました。
つまりリテラシーよりも、「コミュニケーションの作法」が組織内に共通認識として存在していれば、各種ツールは定着し、生産性が上がっていくと言えます。
森戸氏:
「柔軟な働き方=常時ONではない」という話も出ましたよね。この考え方に対して、「うちの就業規則は何時から何時までが、勤務時間と決まっているから…」といった意見も出てきます。ならば、就業規則を変えるべきだと私は思うんです。働き手の中には、介護・子育て等の事情があり、連続8時間勤務が不可能ではあるものの、仕事を続けたい人もいます。途中で「オフの時間」も挟まることを前提にコミュニケーションを図る必要があります。
相手が今オンラインか、オフラインかの可視化は、電子メールでは出来ないけれど、Microsoft Teamsのようなツールでは可能です。そういった点も含め、社内の皆が納得できれば、ツールの定着・活用につながるのではないでしょうか。
森戸氏:
本日のセッションを通して、「人間中心の社会をつくるためのデジタル化」という考えを改めて確認できました。
今、中小企業は人手不足です。コロナ以前の自前主義、内製化で何とかしようという日本的なワークスタイルではなく、パート、フリーランス、副業人材など、外との連携を広げて新たなチームを構築し、コラボレーションワークで新たな価値創出に取り組んでいく視点も必要です。
境界を超えて連携し、新たな価値を生み出すというのがDXの本質です。
Microsoft Teamsはそのような体制推進にも有効なツールであり、中小企業こそ導入・活用すべきです。
「人手不足解消」「新規事業創出」の観点で、コラボレーションの場を育む。このポイントを押さえることで、企業は今後も持続可能な発展をでき、ひいては働く人のウェルビーイングや幸福度も上がっていくと言えます。